高橋尚子『君ならできる』

2000/12/01

どんなスポーツでも自信を持つことが最も大事である。
その自信の裏付けとなるのは、しっかりした練習以外にはない。
限界ギリギリのところまで練習して、「もうこれ以上のことは出来ない」「最高の練習が出来た」と満足出来るようであれば、どんなに強い選手に当っても怖くはない。
かつてバルセロナ・オリンピックで女子マラソンの有森裕子選手は、
「自分で自分を褒めて上げたい」という名セリフを吐いたが、それ位、徹底的に練習すれば怖いものは何もなくなる。
自然に自信が湧いてくるものだ…と小出監督は言っている。
小出監督が見て、ヘトヘトになっているその姿は可哀相になる位だった。
しかし、彼女には「オリンピックに行って、白いテープを切れたら、もう死んでもいいと思っている」
という大きな目標があったから、「練習はもう嫌だ」とは、ついに一度も言わなかった。
全く手抜きをしなかった。
万全の準備が彼女に自信を与え、銀メダル(バルセロナ)と銅メダル(アトランタ)を獲得させた。
「自分で自分を褒めてあげたい」というセリフは、
「よくもあれ程、きつい練習に耐え、ここまでやってこれたものだ」という、
嘘偽りのない正直な気持ちが吐かせた言葉で、徹底的な練習は自信を与える。
有森は、そのことを実証してみせた…と。
そして、その有森以上にすごい練習をするのが高橋尚子選手。
有森の倍以上はやっている。
高橋は今、毎日5時間位は走っている。
マラソン選手と言えども、普通3時間程度が限界だ。
男子も含めて世界でこんなに練習量が多い選手はいないだろう。
彼女の脚は、もう女性の脚ではなくて、男性の脚になっている。
練習中の高橋は、苦しい顔はするが、決して嫌な顔はしない。
むしろ生き生きとした顔つきでやっている。
普通の選手は3時間の練習だと初めの30分や1時間は、ゆっくり走る。
ところが高橋は最初から最後まで決して手を抜かない。
常に全力投球する。
だから他の選手とは比べものにならない程、練習の中身が濃くなる。
その一生懸命さ(集中力)は、有森と高橋に共通している。
常に自分の限界に挑戦し、克服することによって、どんどん自信につながっていくのである。
高橋がなぜ強くなってきたか、一言で言えば、彼女の性格だ。
高橋の場合は強くなりたいという一心があって、走れるということが嬉しくて嬉しくて仕方がないのだ。
そして、性格が素直の一語につきる。だから強くなる。
強くならない子は、自分の心を閉ざしてしまっている。
いくら私の経験で強くなるように指導してあげても、扉を閉めているから入っていけない。
高橋はいつも開けておいてくれるから、私が言うと心にスーッと入って行って、大きくなる。
また言うと、また大きくなる。
どんどん、どんどん大きく伸びる。
高橋の強さの秘密は、そんな素直さなのだ。
いくら能力に優れていても、強運な選手には勝てない場合がある。
有森は、鈴木や高橋や松野と比べると、走る素質は格段に劣っていた。
しかし、バルセロナでもアトランタでも、最終的に代表に選ばれた。
有森には他の選手にはない強運が確かにある。
彼女が候補になると、有力な選手がケガをしたりする。
本当に不思議なことで、運というものは確かにあるのだろう。
ひたむきな努力をしたり、我慢をしたりすることによって運が良くなる。
努力を積み重ねることによって、もともと持っていた運が少しづつ形となって現れてくるのだろう。
夢や願望は強く持てば持つ程いいと思う。
願望が強ければ、どんなことがあっても頑張ろうとする。
どんな苦労も平気になるのだ。
自分なりの夢を持てば、それを実現しようとして努力する。
その夢に懸ける思いが強ければ強い程、頑張ろうという意欲もまた強くなる。
夢を持つことが大事だ。
夢があれば強くなれる。
人生の一時期を死に物狂いで世界を目指して過ごしたという事実は、
全ての選手に自信を与え、支えてくれるものと信じている。
“君ならできる”小出義雄著より参照