「勝負脳」とは勝つための能力
最近は、脳科学についての研究が注目されるようになり、
多くの話題を呼んでいる。脳外科医として、救命救急医療の
最前線で活躍している、日大大学院教授の林成之さんは、
脳梗塞で倒れた、イビチャ・オシム・前サッカー日本代表監督を救った、
「脳低温療法」の開発者として、世界的に知られる。
北京五輪では、独自に編み出した「勝負脳」理論を、
北島康介選手ら、日本競泳チームに伝授した。
林先生が言うには、「勝負脳」とは、脳の仕組みを知ることで、
組織作りやスポーツなどで最大限に力を発揮できる
「勝つための能力」です。勉強、ビジネス、スポーツと、
様々な分野に応用できます。
昨年の北京オリンピックを前に、競泳チームの監督から、
「ぜひ、選手に勝負脳を伝授してほしい」との声が掛かりました。
そこで、戦いの場で最大限に力を発揮するには、「頭」「体」「技術」と、
それをつなげる「性格」の四拍子が必要だと話しました。
ここで言う「性格」とは、
「否定的な言葉は使わない」「前向きで明るい性格でいる」などです。
11年間指揮した、救命救急センターでは、瞳孔が開いたり、
心肺停止だったり、常識では助からないと思われる患者さんを
治療してきました。
徹夜で彼らを助け、安堵したそばから、次の患者さんが運ばれて来る。
それが、3日続くと、さすがに体力も限界となり、
そこで誰か一人でも「もう駄目だ」と言った途端に、皆の気持ちがくじけ、
助けられなくなる。
そんな時は、もう一度円陣を組んで、「一気に駆け上がるぞ」と、
前向きな言葉で、全員の気持ちをつなげました。
すると、そこから更にすごい力を発揮するのです。
この「一気に駆け上がる」というアイデアが、オリンピックの
競泳チームに取り入れられました。
代表選考後のアメリカ合宿では、これまでのように選手を休ませず、
本番に向かって一気に上り詰めたのです。
その結果、過去最高の自己新記録達成率51、8%と、
5個のメダルを含む北島選手らの大活躍につながりました。
救命センターでは、現場の医師や看護師たちに、
働くための4つの条件を出しました。
①前向きで、明るい性格でいる
②仲間の悪口や意地悪をしない
③面倒見の良い人格を持つ
④「大変」「できない」などの否定的なニュアンスの言葉を使わない
・・・です。
この4つを実践すれば、脳の機能を生かした、最高の力が発揮できる。
前向きな姿勢こそが、困難を打ち砕いていくのです。
09.3.15読売新聞
私にも、一生忘れられない強い思い出がある。
第一回アジア卓球選手権大会(於北京)、
1972年9月3日~9月13日、私は男子監督として重責を担った。
ベスト8が決勝リーグに残り、抽選の結果、日本は最終戦の
北朝鮮を残し中国との決戦となり、死力を尽くした大激戦の末、
5-3で中国を倒し、久し振りの快挙を果たした。
そしてその翌日、北朝鮮に勝てば、全勝優勝という試合に臨んだが、
試合が始まり、思わぬ展開となった。
長谷川、河野、田阪と3連敗し、最悪のスタートとなった。
前日、長年の厚い壁であった中国に勝ち、全力を使い果した疲れもあり、
私も選手も、知らず知らずのうちに、緊張感が薄れたのであろう。
相手の思い切った大胆なプレーに対し、
我々は受身に立ってしまったのである。
その後、1-4となり、もう1点失えば、優勝どころか、
3位転落という窮地に追い込まれた。
私は、一万人を超える大観衆の中、恥も外聞もなく、
ベンチの後に選手を集め、円陣を組んで
「日本代表選手団が決まって、我々は打倒中国を目指して、
あれだけ苦しい練習を積んできた。
そして、昨日、君達は中国を倒し、素晴らしい成果を生み出した。
これは、間違いなく君達の実力があるという証明だ。
今は、心も身体も受身になって、実力の半分も出ていない。
このまま終わったのでは残念だ。みんな悔いが残るだろう。
勝敗は、こだわらなくていい。開き直って、
思い切ったプレーをして、実力を出し切ってやろうじゃないか」
と気合いを入れた。
選手たちも「よし、やろう」と一気にムードが盛り上がった。
出る選手も、ベンチの応援も一変し、それまでとは違う
選手のような戦いぶりで、4試合連続勝利を収め、大逆転した。
そして、記念すべき大会に、優勝を飾ることが出来た。
このことは、林先生のおっしゃる「勝負脳」を最大限に発揮した
事例となるのだろうと思う。
その後、アジア、世界の選手権大会で、日本は団体戦で、
中国に37年間、勝てずにいることが残念である。