「さらに上を」 目指そう

2006/3/01

今回のトリノ・オリンピックでメダルの最有力候補といわれていた
500メートル世界記録保持者の加藤条治選手は6位に終った。
翌日、新聞もテレビも、皆同じことを報道した。
スタート直前、前の選手の転倒により、整氷のために8分間の中断があった。
「その中断時間が、加藤選手の集中力を欠いた。」
「スケート靴を長く履き続けたために、脚がうっ血してしまった。」
これらのことが敗因につながった・・・と解説していた。
このレースを解説していた堀井学氏(元500M銅メダリスト)も
「8分の中断が、加藤選手に響きました」とテレビで話をしていた。
私は以前から心理面《平常心、対応力(知的作業力)、判断力、決断力、実行力》
について、その重要性を強調している。
平常心とは
思いがけない事、新しい事に動じない心
不意打ちにあっても動じない、心の備えが大切、
不動心というか、そういう“心の力”を養っておくことが大切である。
対応力とは
(知的作業力)
そういう思いがけないことに対して瞬時に自分の状況を把握し、
その環境に対して対応策を考える事が大切である。
(全く未知の新しい環境に投げ込まれたときに
どう対処して解決していくか、という能力)
これを私は知的作業力と名付けている。
私がナショナル・チームの監督時代にも常に思わぬことに遭遇したものだ。
世界選手権で中国との決戦直前に主力選手が
最後の調整練習で眼鏡を落とし、割れてしまったり
大事な試合の前にラケットを台の角にぶつけて割ってしまったり、
又、余りにも過酷なスケジュールで大激戦が続き、
試合中に腰を痛めたり、大舞台になればなるほど、思わぬことが起こるものだ。
何かが起きたとき、コーチも選手も自分はどう対応するか考えておかなくてはならない。
起こりうる可能性の全てを想定して備えておかなければ大舞台では通用しない。
物事なんでもそうだが、ベストコンディションで何かをやれるなんていうことは
そうはない。
スポーツの世界では特にそうで、オリンピックや世界選手権などで
チャンピオンになる最後の部分、最後の場面で
自分がベストコンディションで戦えるなどと思うことが間違いである。
どんな選手でも疲労困憊、最悪、最低の場面になっているものだ。
それでも尚かつ自分の持てる力を発揮できるように
日常から鍛錬を積み、しかも勝たねばならない。
マスコミは我が事のように加藤選手の敗因を過剰に報道していたが、
加藤選手自身は試合後、8分の中断について
「影響は無かった」「自分の力に安定感が無かった」
「いくら自分がベストであってもチーク選手(アメリカ)には負けたかもしれない」と
加藤選手は何の言い訳もしていない。
その言葉を聞いて私は、彼は今後必ず伸びるだろうと思った。
日経新聞の『私の履歴書』で先月連載していた
プロゴルファーのジャック・ニクラウスに、以前ある記者が質問した。
「地位も名誉も実績もお金もあるのに、何故頑張れるのか」
するとニクラウスは「いや僕は、まだ上達したいんだ」と答えた。
「何故、そんなに貪欲になれるのか」と記者が聞き直すと、
「私にはdesire(意欲、欲望)がまだ残っているからです。」
と彼は言い切ったそうだ。
常にトップクラスを走り続け、維持している選手たちは
「もうこれでいいか」と、少しは楽をしたいと思わず、さらに上を目指す姿勢を持っている。
タイガーウッズも「僕は誰よりも負けない闘争心と集中力を持っています。
たとえ劣勢になっても、逃げないこと。
たとえどんなに負けていても、自分は勝てると、いつも信じなくてはならない。
不安を感じることもある。
僕も以前はそうだったし、そういう時はプレーもうまくいきません。
でも何度か試練をくぐり抜け、学び、成長すると、自分を信じられるようになるんです。」
「さらに上へ」と、妥協せずに尽きぬ欲望と意欲を持っている選手が
トップ選手になれる資格を有している。